今回は薬物動態学についてのお話です。
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酸性薬物・塩基性薬物はpHに対してどのように影響を与えるのか|見分け方は構造から?
巷で販売されている、薬剤師向けに書かれている実用書では、
「酸性薬物への影響が…」
「塩基性薬物に対する影響が…」
みたいなこと書いてるのってよく見ませんか。
たしかにそうなのでしょう。かいてあることは正しいのでしょう。具体例も挙げてくれていることは多いです。
でもその度に私はこう思います
酸性薬物の具体例はわかった。
じゃあそれ以外の薬は、酸性薬物なのか、塩基性薬物なのか
どうやって判断したらいいの?
世の中に出回ってる1万数千種類について、
いちいち酸性か塩基性かおぼえとかにゃならんのか?
ってことですね。いくら代表的な薬物がわかっても、
他の薬にも適応できなければ基本概念として何の意味もありません。
たぶん明確な定義はない筆)
結論から言えば、pKaから「酸性薬物」「塩基性薬物」の見分けるというのは困難と思われます。筆)
いろんな文献をあさりましたが、
「pKa等から酸性薬物・塩基性薬物を判断できる」と明言している文献は見当たりませんでした。
酸性薬物・塩基性薬物どちらでも高pKaを示す場合はあるようだ
ここで伝えたいことは、「酸性薬物・塩基性薬物どちらでも高pKaを示す場合はある。」という事実です。
つまり、pKaから酸性塩基性薬物を判断するのは必ずしも正しくないと思われます。
参考:酸性薬物と塩基性薬物
※公の機関による公表ではありませんし、査読済み論文ではないので、そんなに気にしないほうが良いと思います。
02.12.29補足 書籍「薬がみえる」出版社に問い合わせのメールを送ったところ、やはりアセトアミノフェンは高pKaにもかかわらず弱酸性薬物に分類されるようです。
そして、書籍1)でも、アタザナビルの紹介の際に構造から塩基性だと説明されている部分がありました。
構造を読み取る力が求められているのかと思います筆)
なので実際には知っているか知っていないか、
判別は化学の知識に委ねられる部分があります。
(共鳴による構造の安定化や、H⁺を受け取りやすいか等を考えなければならない)
逆に考えると、pKaで酸性薬物かどうか判断できるのなら
酸性塩基性で式をわざわざ場合分けする必要ないような気もしますね。
(仮に見分けられるなら「pKaが◯以上の場合」みたいな感じで場合分けすればいいはずですよね)
ちなみに、この書籍の著者に
「酸性薬物の定義ってありますか?調べても見当たりませんでしたので」と問い合わせを
行ったところ
このような回答がありました
====以下、著者からのコメント====
ご存知かと思いますが、酸、塩基の定義はArreniusの定義、Bronsted-Lowryの定義、Lewisの定義があります。このうち、Bronsted-Lowryの定義が分かり易いので下記に記しておきます。
酸:プロトン(H+)を供与する物質、塩基:プロトンを受容する物質 です。
特殊な場合を除いて、通常、薬剤学で扱う酸-塩基平衡は、希薄溶液での現象ですので、次のような平衡関係が成り立ちます。
HA + H2O ⇄ A- + H3O+
酸 塩基 共役酸 共役塩基
BH+ + H2O ⇄ B + H3O+
ここで、HAとA-が弱酸性薬物の分子形とイオン形を表わし、BとBH+が弱塩基性薬物の分子形とイオン形を表わします。
このように考えるとH2OがH+を受容する塩基になります。Lewis塩基にH2Oが含まれるのも理解できます。
このような平衡関係から、pKaとpHのHenderson-Hasselbalchの関係が導かれ、薬物の膜透過性や溶解現象の説明に応用されています。
====コメントここまで====
回答になっていなかったのですが
仲介人には罪はない(のと恐らくその人も回答になっていないことを理解されていると思われる)ので
今回の問い合わせはここまでとなってしまいました。
現在は、別の書籍の教授クラスの方々に問い合わせをしている状況です。しばしお待ちください。
02.12.29補足
書籍「薬がみえる」出版社からの回答です。
【回答】
「酸性」「塩基性」の定義は,
アレニウスの定義,ブレンステッド・ローリーの定義,ルイスの定義など,様々ありますが,
『薬がみえるvol.4』の「薬物動態学」の範囲においては,
弱酸性薬物=酸性条件下で分子形になる(水中でH+を解離するとイオン形になる)薬物
弱塩基性薬物=塩基性条件下で分子形になる(水中でH+を解離すると分子形になる)薬物
と定義しております(本書P66下部).
※臨床応用されている薬物の多くは弱酸性もしくは弱塩基性であるため,
強酸性・強塩基性の物質については想定しておりません.
私共の方でも弱酸性薬物・弱塩基性薬物のはっきりとした定義は見付けられなかったのですが,
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式を考える上では,
弱酸性薬物はpHが高くなるほど分子形の割合が低下し,
弱塩基性薬物はpHが高くなるほど分子形の割合が上昇することが前提となるため,
監修者と相談の上,上記のように定義しております.
なお,多価酸についてはH+が解離する官能基やpKaが複数存在するため,
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式に当てはめることができません.
本書の解説は,あくまで薬物動態学を学ぶための基礎理論であることをご了承ください.
例:フェキソフェナジン
解離箇所によって,pKa1=4.25,pKa2=9.53となっている.
https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/780069_4490023F1024_1_022_1F.pdf
そして,○○様が定義の例とされていたpKaについてですが,
多くの場合,pKaが小さいほど酸性,pKaが大きいほど塩基性となるものの,一部例外もあるため,
「薬物動態学」の分野においては,pKaによって弱酸性薬物・弱塩基性薬物を定義することはできないと考えております.
例:アセトアミノフェン
弱酸性薬物に分類されるにも関わらずpKa=9.5.
https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/4/172190_1141001X1100_4_16K_1F.pdf
はっきりとした定義をお示しすることができず申し訳ございませんが,
本書においては,上記のように定義していただけましたら幸いです.
実臨床においては、pKaから考えるのが妥当ではあるが、例外もあるため注意が必要
というところかと思われます
そもそも酸性薬物・塩基性薬物の定義って何
そもそもここで言われている酸性・塩基性とは酸性度の話なのか、溶液pHが7以下(以上)を示すものを指すのか。
これらを調べてみた結果、それも明記された文献は見当たりませんでした。
ただ、
pHとは溶液の酸性度を記述するために用いられる尺度であること
pKaとは化合物固有の値であり、その化合物がH⁺をどの程度放出しやすいかを示す尺度5)であること
これらを踏まえると、酸性薬物・塩基性薬物とは構造やpKaなどから推定されるものであると考えられます筆)
「薬がみえる」書籍においては薬物動態的学にはpHが低下すると分子型割合が増えるものを酸性薬物と定義して説明されています。
ただ、化合物の酸性・塩基性というものは相対的なものであるため、
酸性薬物・塩基性薬物というのを定義しても良いのかという意味ですごく疑問な部分ではあります。
同じ物質でも酸として働く場合もあるし、塩基として働く場合もありますよね。
H₂Oを例にして
H₂Oが酸として働く例
NH₃ + H₂O ⇄ NH₄+ +OH⁻
この反応において、H₂OはH⁺の供与体として働いているため、酸です
H₂Oが塩基として働く例
HCl + H₂O ⇄ Cl⁻ + H₃O⁺
この反応において、H₂OはH⁺を受け取っているため、塩基です。
酸性薬物か塩基性薬物かというのは、反応相手によって変わる
つまり絶対的なものとして定義するのはできないのではないかと思われます。
このように、酸か塩基かというのは反応相手によって変わりうる概念であるので
酸性薬物か塩基性薬物かということを一つの意味に定義しても良いものかどうかという点で、私は疑問に思っています。筆)
pHで溶解度は変わる
こっちが本題です。他の記事で、「胃酸が弱まったら吸収がどうなる」みたいなことを説明しないといけないのでこの記事で説明することとしました。
細々とした部分を説明していきます。
たぶん薬剤師の方であれば忘れていたとしても頭には入ってくるかと思います。
pHとpKa
水素イオンH⁺は普通水溶液中ではH₃O⁺(ヒドロニウムイオン)の形で存在しますが、めんどくさいのでH⁺と表示します。おそらくそんなに問題ないです。
pHとは
pHの定義はもういいですね?【H⁺】を逆数の常用対数にした値です。
pH=-log【H⁺】
pHが低ければ酸性というイメージがわけばいいかなと思います。
薬物の影響を考える際に覚えとく大まかな部位のpH
血漿pH:7.4
胃内pH:1~2(空腹時)
細胞内pH:7.0
尿pH:4.6~7 1)
母乳pH:6.8~7.22)
pKaとは
まず、「Ka」についてお話をします。
Kaとは、酸解離定数と呼ばれ、薬物分子からの水素イオンの離れやすさを表す定数です。
ここで、強さの指標として比較しやすくするために、逆数の対数を取ります。これがpKaです。
pKa=-logKa
このとき、式の内容としては、
(弱酸性薬物) HA ⇄Ka A⁻+H⁺…①
(弱塩基性薬物) BH⁺ ⇄Ka B+H⁺
そして、溶解度Csについて、C0を分子型の溶解度とすると、
(酸性薬物) Cs=C0(1+10pH-pKa)…②
(塩基性薬物) Cs=C0(1+10pKa-pH)
簡単に、①式を使って②式の説明だけ簡易的にしておきますね。
ヘンダーソンハッセルバルヒの式で、(皆知ってると思うので過程割と省略)
Ka=(【H⁺】【A⁻】)/【HA】
logKa=log[(【H⁺】【A⁻】)/【HA】] (常用対数)
logKa=log【H⁺】+log【A⁻】-log【HA】 (わかりやすく分解)
-log【H⁺】=-logKa+log【A⁻】-log【HA】 (pKaとかの形に治すために移行)
pH=pKa+log【A⁻】-log【HA】 (pKaとpHに変換)
pH=pKa+log[【A⁻】/【HA】] 安心の見慣れた形ですね。③とします
これを、対数を消すために…
pH-pKa=log[【A⁻】/【HA】] (対数と対数でないものに分割)
【A⁻】/【HA】=10pH-pKa (対数から開放)…
分数がうっとうしいので、
【A⁻】=【HA】・10pH-pKa …④
ここで、全体の溶解度Cs=【A⁻】+【HA】なので、
【A⁻】=Cs-【HA】
これを④に代入すると
Cs-【HA】=【HA】・10pH-pKa
【HA】がうっとうしいので、C0と置き換えます
(C0は分子型の溶解度なので置き換えるのに問題はないはずです)
Cs-C0=C0・10pH-pKa (置き換え)
Cs=C0+C0・10pH-pKa (移行)
Cs=C0(1+10pH-pKa)
こんな感じですかね?あんまりこういう計算過程を書いてくれてるブログがなかったので
ちょっとやってみました。
原点に戻りましょう。
(弱酸性薬物) HA ⇄Ka A⁻+H⁺…①
酸性薬物は、pHが上がるほど溶解度は指数関数的に増える
pH=pKa+log[【A⁻】/【HA】]
Cs=C0(1+10pH-pKa) :酸性薬物
これらからわかるように
pKaはその薬物に固有の値ですから、酸性薬物はpHが上がるほど溶解度が増えるということです。また、pKaが低いほど溶解度も高まります。
つまり胃薬によって溶解度が高まります。